創作が面白さのエンジンを温める

創作が面白さのエンジンを温める

面白くなるためのもう一つの方法。それは創作をするってことですね。

僕は音楽を作るのが好き、ゲームを作るのが好き、ストーリーを作るのが好き、アプリを作るのが好き、システムを作るのが好き。作ることが好きなんですよね。作るのが嫌いって人にはこの話はあまり響かないかもしれないけど。

創造性の「暖機運転」

これは人気クリエイターになるとか、そういうことではなくて、まずは自分の中で作るってことなんですよね。その中で自分の創作、創造性が養われてきて、それが人と会った時に出せるようになると思う。

なんていうのかな、創造性の心みたいなのが温まっていると、エンジンが温まっていると、盛り上がりやすい。もちろん全く噛み合わない人もいるけど、パフォーマンスが出しやすい状態になっている。準備ができているっていうのかな。スポーツと同じですよね。

だから可能性が多くなるし、自分が作りたいものを作っていると、それに沿った人と出会えるようになる。

物語は「あるべき世界」を描くこと

自分が伝えたいものを伝える。伝えたいものって何かっていうと、自分が理想とする世界、ビジョンっていうものを表現するということ。

もちろん、好きでもないけどホラーを作ったり、アダルト的なものを作ったり、恋愛ものを作ったり、お客のニーズに合わせてっていうプロフェッショナルな姿勢もある。それはそれとして。

私がやっていきたいのは、自分が描きたい道があって、自分が助けたい人がいて、それを実現するために創るということ。

あるストーリー技法の本で読んだんですけど、物語っていうのは、あるべき世界を表現することなんですよね。テーマを伝えるっていうか、「自分はこう思う」だけじゃなくて、「この世界はこうであってほしい」とか、「頑張っている人が救われる世界であってほしい」とか、「思いが報われる世界であってほしい」というのを表現する。

バッドエンドはスッキリしない

バッドエンドっていうのは、たまにはストーリーの展開として意外性があって面白いかもしれない。ディストピアを描いて皮肉で表現する、アイロニーで描くっていうのもある。

でも基本的には、自分がこうなってほしいっていう世界を表現するもの。そこで痛快さを覚える。

水戸黄門でもね、悪い人を成敗するっていうのがすごく快感というか、カタルシスだと思うんですよね。悪い人が悪いまま終わっちゃったら、何の話かよくわからない。展開がすごくよかったとしても、最後スッキリしない。

最後グッドエンドで、悪い人が裁かれて、いい人が報われて、「よかった」っていう安心感。それが水戸黄門ですよね。夏目友人帳とかもそう。基本的に最後、問題が解決されるとか、誰かが癒されるとか。それがあるから安心して見られる。

あるべき世界を描く痛快さ

そういう話の構成が、基本的にやっぱり人を安心させる。自分が創作で描きたいのも、そこなんですよね。