夜行バスの運賃でファーストクラスを求められた話
夜行バスの運賃でファーストクラスを求められた話
はじめに
前回、「小屋を建てろと言われたのに要塞が必要だった話」を書いた。
あの記事では「自分のスコープ見誤り」にフォーカスしたが、実はもう1つの要因がある。
クライアントの選定だ。
夜行バスとファーストクラス
あるクライアントとの仕事で、こんなことが何度も起きた。
- 「簡単なアプリでいい」と言って契約 → 基幹システム級の要件をねじ込んでくる
- 「これも一緒にやってほしい」が毎週増える
- 他の業者にも同じ対応をしている(それで何社も離れている)
- ビジネスのルールやスコープの概念がない
夜行バスの運賃しか払っていないのに、飛行機のファーストクラスの速さと快適さを求めてくる。
しかも無邪気にではなく、戦略的にねじ込んでくるパターンだった。「ここまでやってもらったのに、これだけ追加するのは簡単でしょ?」という論法で、少しずつ少しずつスコープを広げていく。
1つ1つは「まぁいいか」で受けられる範囲に見える。でも積み重ねると、最初の見積もりとはまったく違うものを作っている。
なぜ気づかなかったのか
「NO」を言う基準がなかった
当時の自分には、「ここまでは受ける、ここからは追加料金」という明確な線引きがなかった。
これは技術的な能力の問題ではなく、ビジネスの設計の問題だった。
- スコープの定義が曖昧だった
- 追加作業の判定基準がなかった
- 「良い仕事をしたい」という気持ちが、断ることを邪魔していた
相手の行動パターンを見抜けなかった
振り返ると、最初の打ち合わせの段階で兆候はあった。
- 他の業者への不満を頻繁に語る(「前の会社は全然ダメだった」)
- 費用感の話が曖昧(「まぁそのへんはうまくやってよ」)
- こちらの提案に対して「もっと安くならない?」ではなく「これもついでにやってほしい」
「安くしろ」と「ついでにやれ」は、似ているようでまったく違う。
「安くしろ」は値下げ交渉であり、スコープは変わらない。対処しやすい。
「ついでにやれ」はスコープ侵食であり、積み重なると元の契約が原形をとどめなくなる。こちらの方が危険。
自分もそうかもしれない
ここで正直に書いておく。
自分もAIに対して同じことをしているかもしれない。
「ちょっとこれもお願い」「ついでにこれも」「あと、これも一緒にやって」
AIには感情がないから断られないし、課金制だから追加料金の交渉もない。だから際限なく要求できてしまう。
でも、AIの出力品質はコンテキストの集中度に比例する。1つのセッションにあれもこれも詰め込むと、結局どれも中途半端になる。
夜行バスの運賃でファーストクラスを求めることは、AIに対しても起きうる。
むしろ「断られない相手」だからこそ、自分で線引きを意識しないと、成果物の品質が落ちる。
クライアント選定のチェックリスト
この失敗から、新規クライアントと仕事を始める前のチェックリストを作った。
赤信号(1つでも当てはまったら慎重に)
黄信号(注意して進める)
予防策
- スコープを書面化する:何をやるか、何をやらないかを明文化する
- 追加作業の判定基準を決める:「当初スコープに含まれない作業は追加見積もり」を契約に含める
- 最初の案件を小さくする:大型契約の前に、小さな案件で相性を確認する
- 「NO」のテンプレートを持つ:「それは追加作業になりますが、見積もりをお出ししましょうか?」
得た教訓
技術的なスキルがどれだけ高くても、クライアント選定を間違えると消耗する。
そして、自分がクライアント側になった時(AIに対して、外注先に対して)、同じことをしていないか振り返る。
夜行バスには夜行バスのサービスがある。ファーストクラスにはファーストクラスの料金がある。
どちらが良い悪いではなく、支払いとサービスが一致していることが、持続可能な関係の基盤だ。