WeChatの過去ログを全部残したい - Tencentのテイクダウンを生き延びたOSSを調べた話
WeChatの過去ログを全部残したい - Tencentのテイクダウンを生き延びたOSSを調べた話
「WeChatの過去ログを全部ダウンロードするアプリって作れる?」
そんな相談から始まった調査を残しておく。結論を先に言うと、「クラウドから全部落とす」は原理的に無理で、しかも2026年1月に主要ツールがまとめて消えていた。それでも一本、静かに生き残っているOSSがあった。「なぜそれだけ生き残れたのか」まで含めて、誰かの役に立つかもしれないので書いておく。
⚠️ 前提: この記事は 自分自身のチャット履歴を、自分の管理下の端末から手元に保存するケースを想定している。他人のデータの取得や再配布は規約・法律の問題になる。法的判断は専門家に確認してほしい。
そもそも「クラウド一括DL」はできない
まず期待を折る話から。WeChatには サーバー側に貯まった過去ログをAPIで取ってくる公開手段が存在しない。LINEのトーク履歴と同じで、メッセージの本体は基本的に自分の端末のローカルにある。
公式が用意しているのは「エクスポート」ではなく「バックアップ/移行」だけだ。
| 手段 | 中身 | 限界 |
|---|---|---|
| PC/Mac版バックアップ | スマホ↔PC間で履歴を退避/復元 | 独自形式で保存。読める形の書き出しではない |
| 端末間移行 | QRコードで別スマホへ転送 | あくまで移行 |
| 個人データエクスポート(US/EU限定) | Me > Settings > Account Security > More Settings | ファイルのみ。チャット本文は含まれない |
出典: WeChat公式ブログ / WeChat Help Center
つまり「読める形で全ログを書き出す」機能は公式には無い。やるなら、ローカルに保存された暗号化データベースを自力で取り出して復号することになる。
技術的な仕組み:暗号化SQLiteを取り出して復号する
WeChatのメッセージは、端末ローカルの SQLite(SQLCipherで暗号化) に入っている。取り出し方はOSごとに違う。
- Android:
EnMicroMsg.db。暗号鍵はMD5(IMEI + UIN)の先頭7桁(SQLCipher v2)。root化かバックアップ抽出が要る。 - iOS: 暗号化なしのiTunes/Finderバックアップを取って、その中のDBを解析する(脱獄は不要)。
- PC/Mac版 4.x: 起動中プロセスのメモリから鍵をスキャンして、SQLCipher 4を復号する。
ここまでは、少し前まで各種OSSが普通に実現していた。問題はここから起きた。
2026年1月、ツールがまとめて消えた
調べていて驚いたのがこれ。かつて定番だった chatlog や MemoTrace といったツールのリポジトリが、表向き消えている。
理由が判明した。2026年1月、TencentがGitHubに対して30件以上のプロジェクトのテイクダウンを要請した(訴訟ではなく削除要請)。Tencentの言い分は、
リバースエンジニアリングでローカルDBの鍵を破り、暗号化機構を回避している。ユーザーのプライバシーとデータセキュリティを損なう。
というもの。多くのプロジェクトは自主的に「非準拠部分」を削除して応じた、と報じられている。
出典: South China Morning Post (2026)
消えた側(chatlog / MemoTrace)に共通するのは、**「起動中のWeChatのメモリから鍵を抜いて暗号化を破る」**方式だったこと。まさにTencentが名指しした手口そのものだ。
生き残っていたOSS:BlueMatthew/WechatExporter
ではもう手段が無いのかというと、そうでもない。相談してきた担当者いわく「blueなんとかさんが作ったやつが良かった」。これが見つかった。
BlueMatthew/WechatExporter(作者ハンドルが Blue Matthew)。
驚いたのは、これが今も活発にメンテされていること。調べた時点で最新リリースが v1.9.5.13(2026年7月15日) ——なんと2日前だった。テイクダウン祭りをくぐり抜けて、平然と更新を続けている。
- 方式: AppleのiTunes/Finderバックアップを解析する(=iPhone向け)
- 出力: Text / HTML / PDF、差分バックアップ対応
- 実行環境: Windows / macOS
なぜBlueのだけ生き残れたのか(※ここは推測)
断定はできないが、取得方式が根本的に違うからだと思う。
| chatlog / MemoTrace(消えた) | BlueMatthew(生存) | |
|---|---|---|
| やること | 起動中WeChatのメモリから鍵を抽出して暗号を破る | Appleの公式バックアップを読む |
| Tencentから見ると | 暗号化機構のバイパス=格好の標的 | 正規の仕組みを利用しているだけ |
Tencentが問題にしたのは「暗号化の回避」だった。BlueMatthewはAppleが公式に用意したバックアップ機構を経由するので、その枠から外れやすい。これが生存理由という推測(未確認)だが、筋は通っている。
学びとして大きいのはここだ。同じ目的のツールでも、「公式機構を経由する方式」を選んだものが持続した。消される前提で考えると、これは効いてくる。
実際どう使うか:iPhone / Android / Mac版
ここは自分の環境によって最適解が変わる。
iPhoneなら → これが最短
Mac版WeChatを入れる必要すらない。
- iPhoneをMacのFinderで暗号化なしバックアップ
- WechatExporterにそのバックアップを食わせて Text/HTML/PDF に書き出し
以上。脱獄もroot化もいらない。一番きれいなルート。
Androidなら → 相性が悪い
BlueMatthewはiOSバックアップ前提なので、Androidだと「一度iPhone/iPadにチャットを移行してからバックアップ」という遠回りが要る(README記載)。素直じゃない。Androidなら別の生存ツールを探すか、方式を変えた方がいい。
Mac版WeChatを使う場合の注意
Mac版は公式に導入できる(wechat.com、root/脱獄不要)。ただし落とし穴がある。
ログインしただけでは過去ログは入らない。 Mac版はログイン後の新着しか自動では持たない。過去ログをMacに載せるには、スマホ側から「移行とバックアップ」で明示的に転送する必要がある。しかも、移行でどこまで完全にMac側のDBに載るかは実機で検証しないと分からない(件数を突き合わせるのが確実)。
そもそもBlueMatthew方式(iPhoneバックアップ解析)ならMac版WeChat自体が不要なので、iPhoneユーザーはこの面倒を回避できる。
バージョン依存という別の地雷
もうひとつ。WeChatのバージョンでDB形式が変わる問題がある。
2026年のWeChat 4.0でDBの暗号化が SQLCipher 2 → 4 に変わり、旧ツールが軒並み対応をやり直した。Mac用の復号ツール群を見ると「特定バージョンでのみ検証済み」と明記しているものが多い(例: あるツールは 4.1.2.241 でしか動作確認していない、と正直に書いてある)。
なのでツールを入れたら、自分のWeChatのバージョンとの対応を必ず確認する。ここは当たり外れが出る。Tencentが仕様を変えるたびにこの追いかけっこが起きる、という構造は頭に入れておいた方がいい。
何が学びか
1. 「クラウド一括DL」を期待しない
SNS/メッセンジャーの過去ログは、たいていローカルの暗号化DBを抜いて復号するのが定石。サーバーから綺麗に落とせると思うと最初でつまずく。
2. ツール選定は「取得方式」を先に見る
同じ「エクスポータ」でも、メモリから鍵を破る系はプラットフォーマーの標的になりやすく、消える。公式機構を経由する系は生き残りやすい。持続性を重視するなら方式で選ぶ。
3. 消えても後継はいる
OSSが消えても、fork・後継・別実装がたいてい残っている。作者ハンドル名で追うと見つかりやすい(今回の「BlueMatthew」がまさにそれ)。
4. 自分のデータを、自分の管理下で
繰り返すが、これは自分のログを手元に保存する話。他人のデータに手を出すと、技術以前に規約と法律の問題になる。
まとめ
- WeChatに「クラウドから全ログを落とすAPI」は無い。ローカル暗号化DBの抽出が唯一の道
- 2026年1月、Tencentが30件超のエクスポータをGitHubからテイクダウン(chatlog / MemoTrace など)
- 生き残ったのは BlueMatthew/WechatExporter。iOSバックアップを解析する方式で、今も活発に更新中
- 生存理由は「暗号化を破らず、Apple公式バックアップを経由するから」(推測)
- iPhoneなら最短。AndroidとMac版クライアント経由はそれぞれ面倒がある
- WeChatのバージョンでDB形式が変わるので、ツールとバージョンの対応は要確認
「消される前提で、公式機構に乗ったツールを選ぶ」。データを長く残したい人ほど、この視点が効いてくる。
本記事は2026年7月17日時点のWeb調査に基づく。公式ソースのURLは本文中に明記。「推測」と注記した箇所は未検証。バージョン依存が激しい領域なので、実行前に各ツールの最新READMEを確認してほしい。